レオナルド・ホカンソン先生について




ローズル先生を亡くして、中々気に入った先生に出会わずにいた頃、 エマニュエル・アックスという人の演奏会を聞くつもりで会場についたら キャンセルで、代わりにホカンソンという人が弾くと出ていました。
演奏会の前、どういうわけかよく覚えていないのですが、ホカンソン夫人と 会って、私がローズルの弟子であることを話し、彼女はホカンソンがアウグスブルクに 住んでいると話してくれました。最初の彼女の印象はとてもよいものでした。
演奏会の後、私は飛ぶように楽屋へ行ってホカンソン先生に初めてお会いして 弟子入りをお願いしました。
とても気に入ったのです。

彼は感性がとても美しい人でした。
音がとても柔らかくきれいでしたし、なんと言っても演奏される歌い方がすばらしかったです。 ローズル先生を失っていろいろ悩んでいた私にとって 同じアウグスブルクに住んでいるこんな暖かなピアニストにレッスンをしてもらえたら どんなによいだろうと思いました。
私にとってピアニストに一番要求することは音楽的であること、歌がすばらしい事(ピアノで ですが)になると思います。どんなにテクニックがあっても歌がたいした事の無いピアニストを 評価いたしません。作品の演奏解釈にみるべきもののない演奏はメカニックが 完璧でも何もないのと同じです。
ですからその点でローズル先生と同じレベルの音楽性を私はホカンソン先生に見出しました。

ローズル先生の猛烈なレッスンの結果、耳は鍛えられたと思いますが、 体は堅くなっていたし、打ち破りたいものを抱えていました。
ホカンソン夫婦は私の人生のオアシスのような存在となりました。
年齢は彼が多分20歳くらい上で、彼女が10歳くらい上ですから、 叔父さんとお姉さんといった感覚ですが、ご夫妻の暖かさはまさに 親の愛情のようなものでした。これはたまたま同じアウグスブルク市に 住んでいたその頃唯一の生徒として特殊だったかも知れません。
ラッキーだったと思います。 何しろ本年の春に逝去されるまで、四半世紀以上の長い間ずっとお付き合いが ありましたから、お話しだしたら何冊かの本になるくらいです。

アウグスブルク市に住んでいた私はアウグスブルク市に戻ってこられる度に レッスンをしてもらっていました。
レッスンの後の私はいつも足取りが軽くなり、るんるん気分になっていました。 彼はいろんな秘密を教えてくれました。
ローズル先生はバイエルン出身のドイツ人らしいピアニストでしたが、 ホカンソン先生はなんといってもアメリカ人ですからまた違いました。
アメリカ人でありながら、演奏をすると批評家の方々からその解釈の伝統への正当制や 意味の深さをいつも高く評価されていました。

彼はアルトゥール・シュナーベルがアメリカに亡命した後の、晩年の弟子 でした。やはりシューベルトは特別によかったと思います。
ヘルマン・プライの伴奏で活躍の場が広がった頃に、プライが率先して 彼のソロの演奏を紹介していったようです。
思い出になる素敵な演奏会の思い出は沢山あります。
例えばダッハウのお城で雪の中を行って、聞いた「冬の旅」とか ミュンヘンのオデオンプラッツの演奏会の成功で結成されたオデオントリオでの シューベルト トリオソナタ、そして遺作のピアノソナタイ長調とか、、、 彼はもういないけれど、私の中にその演奏の精神は永遠に生きております。

彼から一番に習得したのはフレーズの歌い方だと思います。
深く息を吸ってから歌うように弾く事が、音楽に言葉を意味付けていきます。
だから、休符はとても大事なのです。
もともと歌があって器楽が発達したのですから、極めて自然なことですが、 ピアノだけを勉強していると、このまともな事が特殊になるケースが多いです。

ピアノは打鍵で音を出しますし、大きな楽器で音域も広いし10本の指で同時に 多声部を表現できるので、歌としてではなくなにやら知性のみで弾いてしまいがちです。 音楽は私にはどうしても文章に聞こえますし、人の声が聞こえてくるのです。

だから生徒さんでもいやいや弾いていたり、嬉しくてしょうがなかったりが、すべて 言葉になって私の耳に届きます。
そんな意味合いで彼の音は大変魅力がありましたし、いろいろと教わったように思います。

実は彼の演奏の傾向に一番遠いのが、わが国日本のピアノ教育の昔の長年の方向であったと思います。彼はとても気に入らない演奏をする人のことを「日本人のように弾く」と言っていました。 逆に彼の演奏を聞いて、そわそわいらいらした日本のプロの方は結構いらしたのでは ないでしょうか?

今はグローバル化の時代で、日本の音楽大学でも地球の裏側と大それた違いのある教え方は しなくなったと思いますが、昔は違いました。
私が勤めていましたアウグスブルク音大での同僚たちの話にも、日本人の学生のピアノ演奏をミシンの音みたいだと笑っているシーンがよくありました。
作曲した人の国の言葉もその人の気持ちもわからず、意味不明にきっちり頑張って弾く 音の羅列が苦痛に等しいことに気が付くのには日本は何十年もかかってきたのだと思います。

今の時代ではずいぶんと変って来たので、よかったなあと思います。無論、すべてヨーロッパの 方がいいとは言えません。私が高く評価する演奏家にラド―・ルプーという人がいますが、 彼から見るとドイツはその音楽の方向性を見失っている時代に突入しているようでした。 ごく最近のドイツのことは本人から聞いていないし、私も詳しくないので失礼を承知でいいますが、 どこの国にいてもピアノという楽器の為に非音楽的、非芸術的になりうる傾向というのは存在すると思います。

勝手な事ばかり書きましたが、音楽の意味を大事に人に伝えられる事はすばらしい事だと思います。
それは真実のメッセージとして人々に救いと歓喜をもたらすに違い有りません。

ローズル先生の遺して下さった言葉に「あなたが自分自身に問い掛けて御覧なさい。答えはあなたが知っていますよ。」というのがありましたが、その通りにして音楽の真意を享受しつづけております。


2003/9/7